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今年のこと

折角ブログもあるのだし、今年のことについて書こうかと。読書記録と謳っているので、今年読んだ面白い本の記事でも!と思ったのだけど、一年の読書を振り返ってみたら、前回の記事で事足りたので、前回の記事で出てなくて面白かったものを。

個人的ベストは「報われない人間は永遠に報われない」でした。

(あとはよんでよかった本はInstagramにあげてました)。


かけがえのないマグマ  大森靖子激白

かけがえのないマグマ 大森靖子激白

大森靖子さんの言葉を最果タヒさんがリライトしてる?大森さんの自伝的小説。
二人とも同世代なので出てくるものが懐かしかったり、でも大森さんの個性がでまくっている一冊でした。

ロマンティックあげない

ロマンティックあげない

松田青子さんは小説もエッセイも大好きだ!

BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす

BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす

BL研究書。まだまだ自分の理解が追いついていないところもあるけど、凄くよかった。

まじめに生きるって損ですか?

まじめに生きるって損ですか?

雨宮まみさんの新しい文章をもう読めないのが、本当に悲しい。
雨宮まみさんの本があるから、私のこれからは大丈夫だ、と思えていたのに。
雨宮さんの優しさと言葉の美しさがわかる一冊。(この連載大好きすぎて更新されたらすぐ読んでいたのを思い出す)。

漫画で読んだものだと、「A子さんの恋人」「ダンス・ダンス・ダンスール」「かくしごと」「ニィーニの森」「腐女子のつづ井さん」あたりが印象に残ってます。
オタク的にはまったのはおそ松さんワールドトリガー、という年でした。

余談。
あんなにも好きだったお笑いとかバラエティ番組を今年はあまりみなくなってしまった。
それは去年大好きなコンビが衝撃的な形で解散してしまったからかもしれないし、違うのかもしれない。
(ただ単に仕事の時間の問題かもしれない)。
(もう一組の大好きなコンビは現状よくわからないままそれぞれで活躍してて、まあまたいつか漫才見れたらいいなぁ、ラジオとかやってくれたらいいなぁって思っている)。
あれ以上悲しいことが起こらないといいなぁと思ってます。
今年アニメとかフィクションばかり消費していたのは、やっぱりあのことがショックだったのだなと今更ながらそう思います。
アイドルも今年はファンクラブに入っているもののエビ中は見に行けず、突発的にアイドルネッンサンスみたさにアイドル横丁へ行ったことくらいなので。
来年はその辺もっといろんなものをみれたらいいなぁと思います。

ここ最近の読書記録

下書きカテゴリに書きかけの『こちらあみ子』とキンプリのキャラソンCDの感想がありましたが、残念なことに何を書こうとしていたのか全く記憶にございません…。

(キンプリはいいぞ)

どちらも良い作品なので是非。

 

ここ最近の読書が自分に刺さるものばかりだったので、備忘録的にまとめてみます。

   

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

  読んでから日にちが経つけどうまく感想がまとまらない一冊。共感するところもあるけど、安易にわかる…!といってしまうのは、また違うのかなとも思ってしまう。今後の作者の永田カビさんの動向が気になってしまって、TwitterとPIXIVコミックの連載の一人交換日記をチェックしている。一人交換日記はさらにその後と、ご家族の問題に突っ込んでいて読んでてこちらも何故かはらはらどきどきしてしまう。

愛と欲望の雑談 (コーヒーと一冊)

愛と欲望の雑談 (コーヒーと一冊)

 

 雨宮まみさんの本はどれも好きなのだけど、手軽に読めるページ数なのに刺さった一冊。いま感想書くためにぱらぱらめくっただけでも、どの章にも大事な言葉がある。対談の中で岸さんが個人のしんどさは聖化される、ということを言っていて(p37)、興味深かった。他人から見たら大したことなく見えても本人にとってはしんどいこともあるし、他人のしんどさは他人が完璧に理解できるものとは思っていないので、「しんどいほうが偉い」という価値観で他人を攻撃するのは息苦しい。だけどそういう流れになっているのもTwitterとか見てるとあるよなぁと思う。この本を読んだ流れで手に取った、岸さんの『断片的なものの社会学』もすごくよい本でした。

 

妖怪男ウォッチ

妖怪男ウォッチ

 

 書籍化待ってました…!妖怪の章に笑い、退散の章でぐさぐさ刺されまくり。

  自分にとっての妖怪は誰かにとっての王子様だし、その逆も然り。

いわゆるダメ男を妖怪と斬りつつ、誰もかれもがまた恋愛において妖怪になりうるという、このまとめかたが素敵すぎて…!自分も誰かにとっては妖怪なんだよなーと。「つらみ恋愛は滅っ☆滅っ☆」(この言葉好きですw)

   

報われない人間は永遠に報われない

報われない人間は永遠に報われない

 

  面白かった! 文學界に載っていたエッセイも軽妙で面白かったし、次作が楽しみだし、デビュー作の『死にたくなったら電話して』も読むのが楽しみ。

身も蓋もないタイトルに救われない内容だけど、美しい小説だなと思いました。

「大丈夫。私は私のギフトを、きっちり正確に把握して、受け入れて抱きしめてるから。この取り分で、私はやってゆくのよ。それしかない。私は凡庸の女王。私は諦めの女王。巣の奥で動けない、怠け者の女王で泣き言の女王で、その他大勢の幼虫の栄養分になるためだけの女王。で、誰からも愛される資格のないその頂点にいる。それで、私がその玉座から退かないのは、下々の者を安心させるため。そもそも王族は、自分の都合で退位できないんだけど、--とにかく私が生まれたのは、そのため、下々を照らしてやるため、なんだから」

 

マリアージュ・マリアージュ (新潮文庫)

マリアージュ・マリアージュ (新潮文庫)

 

 『妖怪男ウォッチ』のすぐ後に読んだので、うわあああ妖怪だーとなりながら読むしかなかった。いわゆる”結婚はゴールじゃない”ということをこれでもかと書いている短編集。久々に金原ひとみさんの小説読みましたが、相変わらず不安定な女性を書かせたら一番なのと、男性主人公の話もあり新鮮でした。

 

ロマンティックあげない

ロマンティックあげない

 

 新刊出たら必ず買う作家の一人。特にエッセイは大好きでこの本も大好きな一冊になりました。(なんですが『ワイルドフラワーの見えない一年』はまだ読めてないし。『スタッキング可能』の文庫版は穂村弘さんが解説で、単行本持っているけど買おうか悩み中。)(あと松田青子さんが訳した『はじまりのはじまりのはじまりのおわり』もすごくよかったです。)

特に「エクスキューズなしで」という一編の終わり3行に痺れました! 私もその心意気で素晴らしい作品に出合っていきたいですな!

 

『火花』

文芸誌

前々から読書記録的なブログをやりたいなぁとか思っていたので、とりあえず、はじめてみました。

又吉直樹『火花』(「文學界」2015年2月号)を読みました。
引用とかあるので、ネタバレとかお嫌な方はお気をつけてくださいー。

文學界 2015年 2月号 (文学界)

文學界 2015年 2月号 (文学界)

常にお笑いに対して情熱的が故にエキセントリックなところがある漫才師「あほんだら」の神谷さんと、その神谷さんの魅力にとりつかれ、師と仰ぐようになる漫才師「スパークス」の徳永の物語です。

さて唐突ですが、東京心中というシリーズもののBL漫画があります。テレビ番組の制作会社のアシスタントディレクターとその上司のディレクターとの関係を描いたBLです。主人公のAD宮坂の、上司のDの矢野さんはなによりも映画が大好きです。矢野さんは、映画についての想いをこんな風に語っています。

たとえるなら子供がヒーローに憧れる感じで将来映画になりたかったぐらい好きだ
なんで俺は映画じゃないのか?
または映画はなんで俺じゃないのか不思議に思うぐらい好きだ

もし映画が物質だったらしがみつきたい
しがみついて何度も好きだと言ってなんでもしてやりたいぐらい好きだけど映画は物質じゃない

ならばせめて少しでも映画に近づいてみたくなる
物質じゃないあんな得体の知れないモノのはずなのに

普通映画を見るっていうのはどこか現実じゃない場所から眺めて楽しむだけのものなんだろう
眺めてるだけならちょうどいい現実逃避の空間で楽しいばかりのモノなんだ

でもそこからあこがれを抱いて一歩でも足を踏み込もうものなら
あっという間に現実の泥沼に落ち込むことになる

その泥沼を泳がないと映画には近づけない泥は絡みついて夢を抱いてもがけばもがくほど沈むようになってる

『君も人生棒に振ってみないか?』(『東京心中3 君も人生棒に振ってみないか?』)

君も人生棒に振ってみないか?東京心中(3) (EDGE COMIX)

君も人生棒に振ってみないか?東京心中(3) (EDGE COMIX)

この一連の言葉は、父親が著名な映画監督であるという事にコンプレックスをもつ新人ADの橘に向けて語られる言葉です。本来は、この矢野さんの台詞はもう少し続きます(この後の橘に向けられた言葉も、普段表に出ない宮坂に対する矢野さんの気持ち露わにしているところも凄く良くて、シリーズ中で凄く好きな話なのです)が、『火花』を読んでいてこの件を思い出しました。

徳永も神谷さんもお笑いという形のないものを追い求め続け、“泥沼”の中にいます。

僕は面白い芸人になりたかった。僕が思う面白い芸人とは、どんな状況でも、どんな瞬間でも面白い芸人のことだ。神谷さんは僕と一緒にいる時はいつも面白かったし、一緒に舞台に立った時は、少なくとも、常に面白くあろうとした。神谷さんは、僕の面白いを体現してくれる人だった。神谷さんに憧れ、神谷さんの教えを守り、僕は神谷さんのように若い女性から支持されずとも、男が見て面白いと熱狂するような、そんな芸人になりたかった。言い訳をせず真正面から面白いことを追求する芸人になりたかった。不純物の混ざっていない、純正の面白いでありたかった。
神谷さんが面白いと思うことは、神谷さんが未だ発していない言葉だ。未だ表現していない想像だ。つまりは神谷さんの才能を凌駕したもののみだ。この人は、毎秒おのれの範疇を越えようとして挑み続けている。それを楽しみながらやっているのだから手に負えない。自分の作り上げたものを、平気な顔して屁でも垂れながら、破壊する。その光景は清々しくて美しい。敵わない。

(p.63)

徳永にとっては、神谷さん自体が物質化(人物化?)したお笑いだったのでは? とそのように思えました。(でも、その神谷さんも“泥沼”の中の人で…!)

あと、『火花』は徳永の一人称で書かれていますが、その内容は神谷さんとの関係に終始しています。
その徳永の神谷さんへの(憧れの?)熱量は『こころ』の私と先生や、『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラのような関係を思い起こさせました。
友情とだけ言い切るには少し重たいような関係。(かと言ってそれ以外の言葉では表現できないような関係でもあります)。
作中のお笑いや表現に対する論にも、湧き立てさせられましたが、それよりもその関係性の描かれ方が愛おしくて、良い青春小説を読んだ! という読後感の方が私は強かったです。

既にとても話題になっているので、いろんな人に読まれてほしいと私が願わなくても、いろんな人に読まれるんだろうなぁと思います。